私には、残してきた言葉がある。
 私には、言えなかった言葉がある。

 伝えたい……伝えたい言葉を、置いてきてしまった……。
 「そうだ!君は暇だと言ったね? これをあげるよ。
  刷られたばかりのデビュー作なんだ。
  病室にいる君が世界中の誰よりも早い最初の読者になれる……
  ちょっと、いい気持ちだろ?」

心臓を患い、人生の三分の二を病院のベッドで過ごしたチャル。
盲腸で入院していた新人作家ジェイド=ストーンが退院をする時、彼女に一冊の本を手渡す。
それは彼のデビュー作 「Seaquel to Word」
ありふれたファンタジー小説が、チャルの閉ざした心を青空に向けた……。

「私の命ある限り、夢と希望を持って生きてみようと思った……
 でも、彼に本を貰って、三ヶ月しか……私の生命は……」



それとは別の場所で――
「Summer Vacation! 夏休み〜〜〜!!!」
つぶれたバーに現れた8人の高校生たち。
青春謳歌の真っ只中にいるように、笑いが絶えない時間を、
彼らは過ごしていく。

 「8人で仲良くタバコが吸える、超ロングライター・シュボットエイト!
  さ、僕が合図したらシュボッと火が点くからね〜いくよ〜
  せーの! シュボッ!」
 どか〜ん!(爆発)
 「ドライト〜!!!」
 「何してるの……こんなところで……何してるの?」
 「文化祭の劇、ピーターパン。今日は配役を決める!
 勿論、作・演出を務める僕の独断と偏見さ!」
 「えええ〜!?」
 「じゃあ、ティンカーベルは私ね!」
 「ずるいわ、エメラルド! 私もティンカーベルがいい!」
 「私もよ!」
 「ティンカーベルを決定する、アームレスリング・A-1グランプリ!
  赤コーナー、ナルシストのエメラルド女王!
  青コーナー、さりげなにでかいよ、ガーネット〜!」
 「気にしてるのにひどい!」
 「頂上決勝戦はエメラルドとプレナ!」
 「悪いけどプレナ。勝利の女神は私の頭上に輝くから」
 「そのナルシスト振りも、今日で最後よ!」
 「白熱! 白熱です!」

文化祭の配役で盛り上がる8人のところに、突然訪れたチャル。
寝ている間に幽霊を見た! と騒ぐジャスパーとプレナは、チャルの姿を見て彼女が幽霊だと言い切るが、
周りは取り合ってはくれない。
チャルは8人に、人を探してくれ、と頼みに来たという。
「どうしても……伝えたいことがあるんです」

 「ナイス・トゥー・ミーツー」
 「はは……ナ、ナイス・トゥ・ミーツー……」
 「あんたがジェイド=ストーンさん?」
 「そ、そうだけど……」
 「ピーターパン」の練習中。

 「夢は、願わなければ叶わない……飛べると信じて。
  両手を広げて……飛べ!」
 ピーターパンファンのジェイドは、ベンチュリン作演出の
 新しい解釈で繰り広げられる稽古風景に感動する。

 「夏休み残りの3週間、ここで君たちと一緒に暮らしてもいいかな?」
 「えええええ〜〜〜〜!?」

8人の、10代特有の輝きに魅せられたジェイド。彼らを題材に本を書く、と言い出した。

「じゃあ、自己紹介を兼ねて、誰を主役に使うか決めてもらいましょ!」

 「オレはジャスパー。見かけはクールガイだけど、ハートは熱い小宇宙。
  夢は大企業の花形営業マンで、金とレディを欲しいがまま!」
 「あたしはエメラルド。かのエメラルド女王と同じ名で、誇り高い美の象徴、って感じでしょ?
  こんな美しいあたしはモデルになるべきだと思っているの。よろしく」
 「夏休みの管理人って感じだけど、カーネリアン。よろしく。
  親が医者だから、オレも跡を継いで医者になるつもり。
  カリスマ医師の話でも書いてよ。オレ、白衣似合うからさ」
 「オパールです。これといって特技とかないけど、写真を撮るのが趣味だから、
  本の表紙を飾らせてくれたら嬉しいな」
 「ガーネットです。背が高いから、みんなにでかい・でかいって言われるけど、
  身長なんて関係ないし、素敵な恋がしたい!
  ぜひ、ヒロインにしてください!」
 「僕はドライト。小さいときから発明が好きで、色んな発明品を作ってます。
  エジソン並の僕の伝記を書いてよ!
  発明は爆発だあああ!」
 「僕はベンチュリン。実は僕も小説家志望。あんたには悪いけど、数年後、
  僕は三流じゃなくて一流になるから。
  ま、今から有望株にスポットを当てても悪くないと思うよ」
 「プレナです。私の夢は刑事になること。
  冷静な判断をもって状況を検証できる、有能な刑事になりたい。
  だって、強くて賢い女って、カッコイイでしょ?」
 「さあ、誰を主役に使う!? 誰ッ!?」
 「……みんな主役さ」

 8人を主役にして、夏休みの生活を日記調にして書きたい、と申し出るジェイドの案に、
 みんなは乗り気で、ジェイドを受け入れる。

 「せいぜい、ヒットする本でも書いてくれ!」
 「28歳にもなって、高校生のみんなと暮らすことになった俺にとっては、
  ここは、ネバーランドかもしれない……」
 ジェイドが持参したタイプライターに、素直に触れないベンチュリンを、プレナが窘める。

 「自信持って。……みっともない男はキライ」
 「プレナに嫌われたら、困るな」
 「4場、フック船長と海賊の登場だ!」
 「俺の名はジェイムズ=フック。男どもには厳しいが、カワイ子ちゃんには優しいぜぇ〜」
 「ううんv フックさまぁ、こっち向いてっ」
 「だ・ぁ・め! こっち〜♪」

 「カアアアアッッットオオオオオ!」
 新発明 うそ発見機に、ガーネットの声を登録したいドライト。
 さりげなく、自然に声を採取するためにガーネットを呼び止める。

 「が、ガーネットはさ、歯を磨くとき、歯ブラシを濡らしてから歯磨き粉をつける?
  それとも、付けてから濡らす? それとも、濡らさない?」

 「……なんの発明するんだろ?」
 昼間は楽しそうな8人。けれど、夜中になると全員が悪夢にうなされる……。

 「バスが――……っ!」

 「夜中に執筆をする俺は、悪夢にうなされるみんなを前に怖くて理由が聞けないでいる。
  ただ黙って、オルゴールを鳴らし、彼らを静めることしか出来ない――」
 ジェイドの元に現れたガーネット。二人で撮った写真を渡し、意を決して伝える。

 「私、ジェイドのことが好きです! 付き合ってください!
  ジェイドは、私たちとは違うの――年上だから当たり前だけど、なんていうかこう……
  とまっていた時間が前に進んでいくような気がするの」
 ジェイドに想いの伝わらなかったガーネット。それを見ていたドライトが、上着を渡して元気付ける。

 「ドライト……背の高い、でかい女の子は魅力ないかな?」
 「じゃあ、背の低い、ちまっとした僕なんかは魅力ない?」
 「そんなことない!」
 「ガーネットにはガーネットの、他の女の子にはない魅力があるよ」 
 練習が最後まで進んだピーターパン。ジェイドの提案で、記念写真を撮る。

 「これももうすぐ終わっちゃう夏休みの思い出だよ」
 「ジェイド、それは違うぜ」
 「え……?」
 「俺たちの夏休みは終わらない!」
 「いえーいっ!!」
 衣装を着けて集まる8人。通し稽古をするの? と聞くジェイドに、
 まだこれから始まるとこだよ、と同じ会話を繰り返す8人。
 不審に思ったジェイドは、昨日写真を撮ったじゃないか、と見せようとするが――

 彼のポケットから出てきたのは、写真ではなく砂だった……。
 「嘘だ――!」
 オルゴールがなくなった、と言うジェイドに、誰もオルゴールなんて見たことはない、と答える。

 「忘れたフリを繰り返すみんなのジョークは好きじゃないんだ」
 「忘れてなんかない……忘れてなんかない、忘れてなんかない!
  俺たちはここから離れたくない――!!!!」

 まるで時間を巻き戻したかのように、夏休みの初日をそのまま繰り返す8人たち。
 誰も、ジェイドの姿は見えていない――。
 「――憶えてる……?」

 時の止まった8人に、チャルが問い掛ける。

 「ジェイド……前に進んだら、何がある……?」
 「次が、あるよ」

 それぞれの思いを抱いて、消えていく8人。
 誰もいなくなったバーに、ただ一人残されたジェイド。

「まさか、消えたなんて……ありえない!」
目を疑うジェイドの前に、なくなったオルゴールを抱いて現れるチャル。

「あなたのオルゴールは、これですか?」

 チャルの指し示した先にあった、2年前の新聞。
 不思議に思いながら開いたその先に、ジェイドはある事故を報せる記事を見つける。

 「バス事故――!? 夏休みを利用して、自炊生活をしようと早朝バスに乗り合わせた
  ハイスクールの生徒8人がバス事故で死亡……居眠り運転をしていた大型トラックが、
  横側からバスに突っ込み――8人……まさか!」

「……君が、チャルなのかい?」
「ずっと伝えたかった。少しの間でも、私に生きる希望を与えてくれたあなたに。
 あなたにとっては一瞬のことだったかもしれないけど……憶えていますか? これ……」

 チャルはジェイドに、一冊の本を示す。

「世界中の誰よりも早い、最初の読者。刷られたばかりの本――」
「……! 君、あの時の!」

「よかった……! とても、面白かった。私に、生きる希望を与えてくれた。
 あなたの大切な、刷られたばかりのこの本、お返しします」
「じゃあ、俺も君にこのオルゴールを返さないと」
「ううん……持っていて。私にはもう……必要ないから」

「じゃあ……君が生きていた証として、俺がずっと大事にする」
「ありがとう……」

 それから後――

 バーに現れたジェイド。空っぽのバーを見回し、語りかける。
 「君たちは、一番楽しい時に道を絶たれていたんだね……
  そうだ! これを持ってきたよ! 君たちが楽しみにしていた、君たちが主役の本だ。
  タイトルは 【SUMMER VACATION】。君たちにぴったりだろ?
  これは、君たちが生きていた証だ――絶対に、絶対に読んでくれよ!!」

 「OK――!!!!」


はしゃぎながら笑顔でジェイドを取り囲む8人。迎い入れられるチャル。

笑顔で去っていく彼らをジェイドは見送り、そっと【SUMMER VACATION】を置いた。