森の中にある小さな里のログハウス。
【女】はいつものように、
森を歩き、花を愛で、
青空に大きく伸びをする。

「あ〜 いい天気」
里の住人は、
今日も長閑に往き過ぎる。

近所の少女達は今日も元気だ。

「おばちゃーん、おはよう〜!」
「こら、”おばちゃん”じゃないでしょ」
「仕方ないなぁ、”おねえちゃん”!」
仲睦まじい老夫婦は、
今朝も連れ立って散歩。

「朝から元気だねぇ〜、良い事だ」
「お二人も、夫婦揃って
 朝のお散歩なんて羨ましい」
「これだけが生きがいさぁ」
喧嘩するほど仲が良い。
軽口を叩きながら落ち葉拾い。

「おいおい、
 口より先に手を動かしてくれよ!」
「アンタが起こしても
 起きないからでしょう?!」
「お前が化粧に時間かかり過ぎだからだろ!
 落ち葉拾いするだけなのに」
「女はいつだって、美しく、なの!」
週に2度くる郵便屋さん。

「夕方に来たんじゃ、
 帰りがおっくうになっちまう」

「人はいつから、
  15分が長いと感じるようになったんだろう。
 人はいつから、
  5分を急ぐようになったんだろう。」
週に2度、健康マニアの友人から送られる手紙の中身は、オススメの健康法とその解説。

『君は、花粉症に悩まされてない?
 今日は、アロマセラピーを取り入れた対処法だ。
 ついでに、”彼”用に、気分によって適した
 香りの一覧表を作っておきました』

「アロマかぁ…良いかも。
 でも今日は間に合わないな…」

もうすぐ、”彼”がやってくる時間。

【女】
「突然、10年ぶりに私を訪ねてきた”彼”は、
 心をなくして、しかばねのようになっていた」

3ヶ月前、突然訪ねてきた【男】を、【女】は病院に連れて行った。

「この患者に一番有効なのは、
 彼自身が望んで救いを求めてきた人間に、
 扉の鍵を探してもらう事」
医師が告げる。

「君は、彼とどういう関係?」
「大学時代の友人。…元、彼女」
「君が彼を本当に助けたいなら、週に1度で良いから
 彼の話をきいてあげてくれ。
 但し、普通に話を聞くんじゃない。
 彼の深層心理に眠る、心の中の世界を聞くんだ」

それから3ヶ月、毎週水曜日になると【男】は【女】の家を訪れる。
ここに来ている日以外は、何をしているのかさっぱり分からない。

分かった事は、【男】の心の中に、蓋をされた「空想世界」があること。

しかばねとなってしまった【男】の中の世界。
その世界のことを聞き出して彼自身を取り戻してもらうことが、今の私にできること。


今日も【男】は静かにやってきた。

「お茶、飲む?今日はジャスミンティーを用意してるの」
「・・・・・・」
「もうすぐ先生もいらっしゃるから、お茶、入れておくわね」

沈黙するだけの【男】に、【女】は何かと話しかける。
毎日60分のウォーキング、
自分が向上する魔法の言葉、
そして、二人の出会いのこと。

「覚えてる?
 20歳の時、大学の図書館の本棚の列の中で
 あなたにぶつかった。
 その時、私が落とした天然木の鉛筆をあなたが踏んで、
 割ってしまったの」

【男】は黙って聞いている。
【女】と入れ違いに、<先生>がやって来た。
<先生>は、カツラと眼鏡と白衣の【女】。

「ほら、君の好きな紙飛行機だ。
 ジェット機なら、ゴゴゴゴと音を立てるが、
 君が好きなのはグライダーだ。
 グライダーは音を立てない。何の音がする?」

「・・・か、ぜ・・・」

【男】が微かな声で答える。
<先生>は糸の付いた五円玉を取り出し、ゆっくり左右に振る。

「夢見るんだ。始まる、君の「空想世界」が!」